記憶と記録

見えたことは事実ではなく自分というフィルタを通した記憶であり、さらに記憶は記録で上書きされる。写真とカメラ関係のブログです。

記録に残るが記憶に残らない写真、インスタグラムっておっかない

 

https://www.instagram.com/p/BVXBApBlP3L/ 

 インスタグラム始めました。

 冷やし中華、始めました、みたいですが。

 

 インスタグラムって怖いサービスだと感じる。”いいね”(Favorite)が欲しくなるからだ。

 “いいね”を貰う手っ取り早い方法は、”いいね”を多く貰った写真の真似をすることだ。フォトジェニックな被写体を追いかけたり、フィルムテーストな色合いに仕上げることだ。皆がこうして”いいね”を追いかける結果、写真の多様性が失われ、どこか似た写真ばかりになるだろう。

 どこか似た写真の大量生産だ。

 

 どこか似た写真は後で見返されることがない。1秒後には、別の似た写真が生産されるからだ。使い捨てにされる写真が大量生産されるだろう。

 記録に残るが、記憶に残らない写真。”いいね”の数は記録に残る。しかし、それがどんな写真だったのか誰も覚えていない。

 記憶に残る写真を撮るためには、インスタグラムの圧力に流されてはいけない。何のために写真を撮っているのか自問し続けるしかない。

 インスタグラムは怖い。