ソール・ライターの展示会を観てきました。3年前にも観に行った。その時のメモは【ソール・ライター写真展を渋谷Bunkamuraに観にいった - 記憶と記録 (hatenablog.com)】。
今回のは展示会は、前回とは全く異なる印象を受けた。展示内容が変わったのもあるが僕の視点も変化したのだろう。
今回の展示の構成は次の通り
- 未公開スナップ写真を多数展示:すべてモノクロ写真
- ニューヨークで交流した後の巨匠アーティストたちのポートレート
- 1950~60年代の『ハーパーズ・バザー』でのファッション写真:彼が金を稼ぐためにファッション誌カメラマンとして撮っていた写真
- カラー写真約250点を10面の大スクリーンに投影
ソール・ライターという写真家について簡単に紹介すると、彼は1940年代から1950年代にかけて撮影をしたカメラマンで、画家でもあった。彼は生計を立てるためにためにファッション誌のカメラマンとして働いていた(一流ファッション誌のカメラマン)が、その一方でカラーフィルムを使ってスナップ写真を撮り続けた。彼はカラーでスナップ写真を撮る先駆者であったが、当時はアーティストとして白黒写真しか認められておらず、批判もされた。
さて、今回の写真展を観て感じるのは
人物を撮る際には顔を写すことが一般的だが、手や足だけでも存在感を放つことができると、この写真展から学んだ。
ファッション雑誌の写真を見ると、ソールライターはファッションカメラマンとしても一流なのだとわかる。ピカソのデッサンが異常に上手なことを知ったときと似た衝撃を感じた。
また、巨匠アーテイストを撮ったポートレートを観るとライティングがきっちり考えており上手。ファッション誌の撮影ができるのだから当然か。
カラー写真スライドの大スクリーン投影は、それなりに迫力はあるけれど、数秒後に他の写真に切り替わるのが残念。壁の取り合いだから仕方ないけれど、好きな写真をずっとじっくり見たかった。
感想のまとめ
ソールライターのやりたかったこととは色彩を追いかけたかったのじゃないかと思った。派出な色を追求するのではなく、同系色・補色の組み合わせの画面作り。
色を追求するなかで、写っているものは何でもよかったのだと感じる。記号としての人物。青い服を着ていれば誰でもよかったのだと感じる。
もう一つ、通常、人物スナップを撮るときには顔を写したくなるのだけれど、彼は顔以外、指先、足くびなども人を感じさせるパーツを探していたように思う。それは、誰の手・足でもよいのだ。
おまけ
今回の展示会は、撮影ができた。いくつか写真を載せておく。彼の時代のフィルムはISO感度50から100程度だろう。ダイナミックレンジも狭い。そんなフィルムを使って美しい色を撮りたいと光を探した彼の執念を感じる。