記憶と記録

見えたことは事実ではなく自分というフィルタを通した記憶であり、さらに記憶は記録で上書きされる。写真とカメラ関係のブログです。

本『ライカの写真術』(内田ユキオ)の感想:カメラ操作は簡単だが、写真を撮るのは難しい、と感じたら読む本

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 本書を読んだメモをここに記します。

 

 内田ユキオという写真家をご存知でしょうか?ストリートスナップを撮る方で、私の一番好きな写真家さんです。

 本書の前書きの次の文章にしびれます。カメラの操作は簡単だけど、写真を撮るのは難しい。

 カメラの扱い方を書いている本はたくさんある。けれども実際に撮りたいものを目の前にして、本に書いてあることが役に立つことはそう多くない。何を撮ればいいのか、それをどう撮ればいいのかということは、そう簡単な問題ではないのだから。

 

 

露出

 カメラの自動露出を信用しないこと。カメラからのお勧めであるが、私の「気持ち」に合った適正露出ではないのだから。撮影意図に応じて露出を変えること。

 

絞り

 絞れば被写界深度が深くなる。そういったことは仕組みを覚えているだけであって、絞りを使いこなしているわけではない。知識であって技術ではない。

 焦点距離や被写体・背景までの距離が変わればボケ具合も変わります。それを把握しましょう。

 

シャッタースピード

 シャッタースピードを遅くすれば被写体ブレの写真が撮れます。では、歩行者を綺麗にブラすシャッタ速度はいくらだろう? 自動車なら? それらは被写体との距離によっても変わって来る。それらを把握しましょう。

 

クイズの正解を求めているわけではない

  露出、絞り、シャッター速度の正解があるわけではない。自分が美しいと思うイメージがあって、それを再現するパラメータを決めるべきです。大事なのは、自分がどこをどう美しいと思ったか。

 

レンズの使い方

21mmレンズ

 誇張された遠近感によって日常的な景色がドラマティックに変貌します。その分、レンズに撮らされていることになりがち。超広角であることが分からないような構図を探してみよう。

 

28mmレンズ

 人の目で見えるものが全て写る画角。21mmと同様にドラマティックに景色を撮れるわりに、歪が少ないため、使いやすい。

 広角レンズ全般に言えることだが、角度をつけると見た芽には格好良くて写真が上手そうに見えるけれど、飽きやすく安っぽい写真になってしまう落とし穴がある。ちょっと控えめなくらいがちょうど良いことを心しておいてほしい。

 

35mmレンズ

 もっとも自然で作為を感じさせないさりげなさが魅力のレンズ。28ミリほど作られた感じがしないし、50ミリほど撮り手の意図が主張してこない。

詩人が行間で大切なことを伝えるように、35ミリでは画面の中にある隙間も大切な情報である。「さりげない」ということと、「何もない」ということは違うのだということを、どこかで理解することが35ミリを使うポイントだろう。

 

50㎜レンズ

 クセのない標準レンズ。レンズの力を利用して写真に華を加えることが難しい。

その代わりに、撮ったものがまっすぐに伝わるから、良い被写体をみつけて丁寧に撮れば、簡単に力を失わない写真が撮れる可能性が高い。

 

90㎜レンズ

 90ミリは俳句に似ているかもしれない。余計なものをぎりぎりまで削いでいって、数少ない要素だけで一つの状況の持っている意味を訴えかける。

これには、状況の持っている意味をしっかりイメージする必要があります。

 

写真に意味を持たせるということ

 夕方に待ち合わせによく使われる場所で、スマートフォンをじっとみつめている女の子がいたとしましょう。彼氏が待ち合わせに現れなくて連絡を待っているのか、他愛のないメッセージを友人に送っているだけなのか、判断はできません。しかし、彼氏が待ち合わせに来なくて寂しそうと感じたのであれば、そのように撮りましょう。例えば、その子の周りにいる楽し気に話している人たちも写し込むなどして。

 

全ての写真に意味が必要なわけではない

 写っているものは大したことがなくても、人の並びや雲の形など、単に視覚的に美しいというだけで、写真に撮る価値はあります。

 

「読む」ことのできる写真

 ストーリ性というのか、「読む」ことのできる写真というものがあります。二つの被写体の間に関係性を感じられて、そこに面白さが生まれます。ただし、やり過ぎると「面白いだろ!」との主張がわざとらしくて見ていてつらい写真になります。

 

感想

 本書は古い本です。しかし、その内容は普遍的で今も役に立ちます。いつの時代もも、カメラ操作は簡単だけど、写真を撮るのは難しい。

 本書を読んでいて、宮本武蔵の「五輪書」を思い出しました。五輪書の中に、太刀を上げずに強く打て、身体も手も足も強くもって打つつこと、大事なのでよく鍛錬すべし、といったことが書いてあり、これを読んだとき、強く打つ方法が知りたいのに、よく鍛錬すべし、とだけ書いてあるのは不親切だと思ったものです。今にして思えば、体格も筋力も人それぞれなのだから、一番良い打ち方は自分で見つけるしかないのでしょう。

 写真も同じでしょう。自分が何を撮りたいのか、何を美しいと思うのかは、人それぞれですから、このパラメータが正解とは書けません。カメラの初心者本はこのあたりを胡麻化して「カメラ操作」を書いており、すぐに飽きます。

 本書は、ずばり正解を教えてくれませんが、鍛錬のポイントは教えてくれます。よく鍛錬したいと思います。

 

後記

 本書に載っている作例がカッコ良くて、何度も見返せます。特に、表紙のカメラの写真は、レンズフードの縁が擦れていて、少しへこんでいるところがカッコいい。また、「露出なんて怖くない!?」の作例の写真も図抜けてカッコいい。

 内田ユキオさんは文章が上手だと常々思っています。本書の中では以下の部分が好きです。

 小説にかけるほど面白い出来事なんてそうは起こらないけれど、日記や手紙に書いてもいいかなというくらいの出来事ならば、一日に何度か巡り合うことはできるだろう。「仕事の帰りに空を見上げたら、蜘蛛の甲地が綺麗で学生の頃の夏休みを思い出した」とか、「今日の昼、『冷やし中華はじめました』という張り紙を見て、夏が近づいていることを感じた」とか、そのくらいのことでいい。そういったことを誰かに伝えるように写真を撮るとしたら、それが35ミリの役割ということになる。